組織の強化には、二つの重要な要素が不可欠です。一つは経営者が自身のビジョンを明確に示すこと、もう一つはミドルマネージャーがそのビジョンを適切にメンバーへと伝える役割を果たすことです。しかし実際には、このコミュニケーションの連鎖がうまく機能せず、その結果として深刻な組織課題へと発展してしまう企業が少なくありません。
本記事では、スタートアップの成長期を指揮するTuring株式会社代表の山本一成さんと、株式会社Your Patronum 代表 森数美保がXのスペースでの対談を通じ、経営とメンバー間の組織課題の発生メカニズムや対処法などをご紹介してきます。

※この対談にご興味ある方は【組織フェーズ編】【一致団結編】もご一読ください。

プロフィール

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暗黙の了解では通じない――経営者が発信し続けるべき理由

多くの経営者は、「中途入社者はビジョンやミッションに共感して入社しているから、改めて今後の方向性については話さずとも理解を得られているはず。」と考え、KPIの話や抽象度の高い話ばかりする傾向にあることをご存知でしょうか?森数は、こうしたコミュニケーションが引き起こす組織課題について語ります。

「経営者は、事業の現在地と次の目標とのギャップを埋めるために、さまざまな手段を講じ続ける必要があります。そのため、現在地が変われば、あるいは目指す目標が変われば、手段も変わるのは当然です。しかし、このような変更を従業員に十分な説明をせずに行うと、『突然いろいろなことが勝手に変わった』『経営陣の言動に一貫性がない』といった不信感を従業員に抱かせる原因になります。この誤解を避けるためには、現在の目標を明確に示し、その達成に必要なアクションを従業員が理解できるよう丁寧に説明し続けることが重要です。経営者には、方針を発信し続ける責任があります。」

森数はさらに、方針を伝えるタイミングや内容の粒度について思考を巡らす経営者の心理的ハードルの高さを指摘し、その結果、方針説明の優先度が下がってしまうことがあると述べています。

「経営者が周囲に暗黙の了解を求める姿勢を取ると、組織内でさまざまな問題が誘発します。」

経営者が意思決定を従業員に適切に伝えないことが、組織内での不信感や誤解を生む原因となり、最終的には業務の効率や従業員のモチベーションに影響を与えることになると警鐘を鳴らしました。

ビジョンで繋がる組織とは?―孫子の兵法に学ぶ組織内連携

山本さんは、ビジョンで従業員と繋がることについて悩みを抱える経営者が多いことを指摘し、「ビジョンで繋がるとはどのような状態なのでしょうか?」と質問を投げかけました。

これに対し、森数は孫子の兵法モデルを用いて次のように説明しました。

「孫子の兵法において、王(経営者・代表)と民(メンバー)はビジョンで繋がります。そして、王と将軍(ミドルマネージャー)は常にコミュニケーションを取り、一枚岩となり、王は将軍に民の指導を任せるのです。」
孫氏の兵法モデル

森数は続けて、抽象度が高いビジョンをそのままメンバーに伝えても理解されないことを強調します。

「抽象的なビジョンをそのままメンバーに伝えても、彼らには理解されにくい。抽象的な内容を具体的な話に落とし込むことが、将軍(ミドルマネージャー)の役割です。」

ここで伝えたいことは、経営とメンバーの間で直接コミュニケーションを取るのは難しく、ミドルマネージャーが翻訳者”となり、経営のビジョンをメンバーに適切に伝えることが、意思疎通を図るために重要であるという点です。

しかし、森数は、この翻訳役を正しく果たすミドルマネージャーが非常に稀であることも指摘しています。経営の意図を理解し、それをメンバーに正確に伝える能力が求められるため、ミドルマネージャーの重要性は非常に高いといえます。

ビジョンとミッションが大切な理由

ミドルマネージャーが抱える課題―”できないと思われたくない病”の弊害

「マネージャーが経営の抽象度の高い思想を理解し、それを具体的な行動に翻訳できる状態を作ることが必要です。」

一見、これは当たり前のように聞こえますが、実際には「経営の抽象的な思想を理解する」ことには見えないハードルがあると森数は指摘します。

「実態として、経営陣と現場を繋ぐ”翻訳者”としての役割を担うべきミドルマネージャー自身が、経営の意図やメッセージを十分に理解できていないケースが少なくありません。さらに問題なのは、多くのマネージャーがこの理解不足を認めることを避けようとする心理、いわゆる『できないと思われたくない病』に陥っていることです。そのため、必要な質問や確認ができない、不完全な理解のまま組織運営を続けてしまうのです。」

山本さんは少し困惑気味に、「なぜ聞けないのでしょうか?」と問いかけます。この背景には、いわゆる人間ならではの感情的な問題が隠れているのです。

「理解できていないことを知られたくないという気持ちが、障壁になります。心理的安全性が高い状態であれば起こりにくいのですが、人間の心理としてはどうしても起こり得ることです。また、経営層が思っている以上に、自分とミドルマネージャー、メンバーとの間にはギャップがあります。視点も、持っている情報量も実力も差があることに気づかず会話することで、解釈の違いが生じることもあります。」

これが、COOなど組織のNo.2として経営と現場の間に立ち、翻訳者としての経験を積んできた森数の結論です。

プレイヤーとマネージャーの”強い”の定義の違い―職種になりえないマネージャー職の苦悩

「社員数が少ない段階で、経営は自分の抽象的な意思を翻訳できる“強い”人材を早期に獲得しなければなりません。そうでなければ、場当たり的にチームを発足させたり、マネージャーを任命することになり、結果としてコミュニケーションの障害を引き起こす可能性が高くなります。

この発言を受けて、山本さんが鋭い質問を投げかけました。

「ここでの“強い”という意味は職種を遂行する能力が高いことではなく、”翻訳力”のことですね。マネージャーに求められる能力として、この“翻訳力”が重要だとは、あまり認識されていないのではないでしょうか?」

これに対して森数は以下のように答えました。

「その通りです。日本では、マネジメントはタイトルだけで職種にはなり得ず、経営の意図を”翻訳する役割”もオプション扱いされがちです。非常に重要なポジションにも関わらず、『大変そう』『責任をとりたくない』と不人気なイメージが定着してしまっているのが現状です。また、マネジメントスキルは後天的に身に付けられるものであるにも関わらず、メンバーがその時点でもつマネージャー適性だけで評価をしてしまうため、経営と現場の間でギャップが生じることになります。こうした現状を変えるために、最近は『マネージャーのプレゼンス向上』を研究テーマとしています。」

経営やマネジメントは教科書がない状態から始まり、どこから手をつければいいのか分からず、スタート地点の模索に多くのエネルギーを費やし、それが必ずしも質の高い成果につながらないという問題があり、今後の森数の研究成果に期待したいところです。

キングダムのジレンマ―組織内での力関係とマネジメントの課題

「私が昔から思考を巡らせている”キングダムのジレンマ”について話してもいいですか?」

山本さんは、先ほどの孫子の兵法モデル(王・将軍・兵)を交えて話を始めました。

「兵としての戦闘力がなければ将軍にはなれません。しかし、将軍の仕事に必ずしも戦闘力の高さが必要というわけではありません。ただ、兵は自分よりも能力の高い人間でなければ従いたくないという心理が働きます。これを私は”キングダムのジレンマ”と呼んでいます。」

つまり、メンバーは自分より上の存在だと感じられなければ、ミドルマネージャーとして機能しないという問題が生じるわけです。もしミドルマネージャーになったとしても、チーム運営に支障が出るという組織心理学的な問題について、森数は深く理解を示します。

「とてもわかります!実際、マネージャーに求められる能力と、メンバーに求められる能力は異なります。私は学生時代、部活でレギュラーではありませんでしたが、部長職を務めました。たたき上げの兵が将軍になるケースもあれば、プロのマネジメントスキルを別ルートで育成することも可能だと考えています。しかし、スタートアップでは、初期に活躍する人がそのままマネージャーに就きやすいため、別ルートでの育成や採用が難しいという問題もあります。
非常に優秀ではあるが組織に悪影響のあるブリリアントジャークのような存在に対して、『実力はあるし…』『創業期に貢献してくれたし…』という気持ちから誰も注意できなくなっている場合もあります。これはスタートアップが陥りやすい構造の一つです。」

本来であれば別の人物がマネジメントを担う方が良い場合でも、経営からの信頼が厚く、成果も上げている人がマネジメント職に就くことで、組織内での課題が生じることがあります。このような状況に対する適切なアプローチが必要です。

やめるべき”お手並み拝見"の姿勢

参考:「良い人が採れたら勝ち」って本当?マネージャーの採用が上手くいかない原因と対策

組織課題へのアプローチに最適解はあるのか?―

これまでの組織課題に関する総括として、山本さんが次のように質問をし、森数も回答しました。

「組織課題はすべての企業が直面する普遍的な課題です。その課題に対して、どういったバランスを取ればよいのでしょうか?」
「『売上はすべてを癒す』という有名な言葉がありますが、癒されるのは経営者だけで、従業員はそうは思っていません。実際、従業員にとって最も重要なのは、”半径数メートル内の人間関係の質”です。退職理由の9割は人間関係に起因しています。また、パフォーマンスが発揮できなくなると、退職を選ぶ理由にもなりますが、そのパフォーマンスの低下も人間関係が大きな要因となることが多いです。さらに、成功体験を積み、自己効力感とチーム効力感を持ち続けることが重要です。これを実現するためには、可能な限り時間とコストを投資するのがよいと思います。」

続いて、森数は短期的にも効果が期待できる施策についてアドバイスしました。

「多くの企業が働きやすさや流行の制度を導入しますが、それよりも現状で業務上の重石となっているものを取り除くことが効果的です。つまり、プラスの施策を打つよりマイナスを減らす方が影響が大きい。例えば、ブリリアントジャークへの対処だけでも、組織に大きな改善をもたらします。人数が少ないうちは具体的な問題に対処し、組織人数が増えると一人ひとりをカバーするのは不可能になるため、抽象度を上げ、広範囲をカバーできる施策を企画する必要があります。」

これまでの経験を交えた森数の柔軟で大胆な施策について、山本さんは「意思のある決断だ」と称賛し、約1時間15分にわたる対談は終了しました。

まとめ

本対談を通じて、ミドルマネージャーが組織の成長において果たす重要な役割と、その育成・活用における具体的な課題について深く掘り下げてきました。特に、経営陣の意図を適切に翻訳し現場に伝える「翻訳者」としての機能や、組織の規模に応じた適切なマネジメント体制の構築について、実践的な解決策を提示しています。スタートアップの成長フェーズに応じた具体的なアプローチとして、参考にしていただければ幸いです。

もし貴社でミドルマネージャーの採用・育成に課題を感じていらっしゃる場合は、ぜひ一度ご相談ください。貴社の現状と課題を踏まえた上で、最適な組織構築の方向性を一緒に模索できればと思います。